【gonnta's北海道アウトドア情報】
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●1990年8月29日(水)
泊:紋別,『みつばちマーヤの家』
走行距離:351Km
   稚内−(R238)−宗谷岬−(R238:宗谷国道,オホーツク国道,
   R239:天北国道)−氷のトンネル−(道道358,R273:渚滑国道)

朝飯を食いながら奥さんの話。奥さんは関東の人で 旦那さんに『札幌の隣の市だから嫁に来い』と言われたそうだ。 奥さん曰く『確かに隣は隣だけどこんなに離れているとは、だまされた』 と思ったらしい。 それから出発前に旦那さんとバイクの話、俺のRH250を見て 『エンジンまで青なの。めずらしい』と旦那さんが言う。 確かにそう言えばめずらいしかな?。 さらにZXR400、BANDIT400を見て、 『これについていくの大変だろう』と情けをかけてくれる。 その後旦那さんと握手をして分かれる。旦那さんは出会いを大切にしていて、 宿泊したライダーとは握手をして分かれるのを日課にしているらしい.... そしてまずノシャップ岬を目指す。軽く記念撮影をした後宗谷岬へ向けてGO! 宗谷岬に着くとさすがに日本最北端ってことでバイク、車、観光バスとたくさんの 人で一杯だった。でも変な演歌がずっと流れていて観光地化されすぎだった。 とりあえず暑かったので土産屋さんの中の流氷館で涼んだ。 ここでM木とF戸は貝殻にそのまま切手を貼って手紙が出せる宗谷郵便局へいく。 多分M木もF戸も誰か女の子にだろう。 その間に俺は木製の葉書を買って女の子に手紙を出した。これは二人には内緒だった。 二人が帰ってきてから間宮林蔵像、最北の地の碑の前で写真をとり、 旧海軍展望楼に上がって海を眺めた。 最後は『最北の給油所』で給油をし、貝殻のお守りをもらった。 ここからは、日本海と別れてオホーツク海側を南下する。 雄武から興部を目指し『氷のトンネル』へ向かう。 雄武と言えば少し前オウム事件が話題になった時、雄武町の役場の人が 『おうむのXXですが....』と電話をするとオウム心理教と間違えられて すぐ電話を切られたらしいが、このころはそんなこともなく平穏な町だった。 海沿いの道、酪農地帯の道を超えて氷のトンネルまで数キロの所の分岐点まで来た。 ここからはダートになるので張り切って行こうと思ったら、看板に気になる文字が。 『氷のトンネルは落ちてしまいました。また来年お越し下さい!』一同愕然.... 『ガイドブックには年中あると書いてあったのに。誰が来年来るか!ボケ』と 思いながら向こうを見ると牛がのんびりとあくびをしていた。 それを見て『ま、いいか』と気を取り直し、とりあえず紋別の『みつばちマーヤの家』 を今日の宿と決めて先を急いだ。 この辺は、さして見る物もなく距離を稼げる所のようだ。 ちなみに『えさしYOU』は有名だが、主がうるさいという噂だったのでやめた。 『みつばちマーヤの家』は廃止された国鉄紋別駅の駅前にあり、 町の人が設営してくれた大きな大きなテントだった(無料)。 町の人が言うには国鉄が廃止されたから、駅前が寂れてきたので ライダーの人に集まって来てもらって、またにぎやかにしたいとのことだった。 実際その通りで晩飯を食いに行ったら、ライダーということでご飯、おかずが 大盛りの定食が食えた。 翌朝には米屋のおっちゃんが警察の取り締まり情報を教えてくれた。 晩飯を食った後、銭湯に行って汗を流した。 風呂からあがって涼みがてら腰掛けて3人で話していたら、 番台のおばちゃんがひとりでケラケラ笑ってた。 『なんか、おもしろいですか?』と聞いたら3人で話しているのが 漫才に聞こえたと言ってた。 確かに3人の中でM木以外は『native関西』の2人なので 自然にぼけつっこみは入っていた。 ここで私は関西弁は関西以外ではうけると悟った。 明日は雨らしい、という情報を聞いてブルーになりつつも 疲れていたのですぐ寝た。 おい、H瀬のイビキうるさくて寝れねーぞー。

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